2013.05.05

魔女図鑑

いつか、魔女にさらわれる夢をみた。

 

繁華街の隅にある古い洋館で、黒地の布を幾重にも合わせ、キラキラした装飾品を身につけた、妖しいおばあさんに、さらわれた。

 

とても怖かったのに、目が覚めたら、おそろしさは異世界への憧れに変わっていた。


それが本当のきっかけだったのかは、10年以上前のことで忘れてしまったけれど、わたしは子どものころ、魔女修行をしていた。


我が家は工場を営んでいて、増築を繰り返し複雑な構造になった建物は今にも崩れそうなほどボロボロで、お化けが出そうだった。
外付けの急な階段の横には曇った窓硝子が並び、何かが映ってしまっているのを見ないように、鼻をつまみ息を止めて駆け上がる。
やがて、視界がひらけて屋上に出ると、下方には近所の家の屋根が広がり、電線がどこまでも張り巡っていた。

 

ほったて小屋はその場所にあった。わたしの場所だ。
祖母のおさがりの黒いロングスカートをはき、魔法のスティック、歌詞ノートや日記帳を詰めた鞄、おやつ、犬や兎を連れて、よくその場所に行った。
多くは、お年玉で買った箒にまたがったり、本を読んだりするだけだったけれど、それがわたしにとっての魔女修行だった。

 

自らにマジカルウィンディちゃんという名前を付けて、現実と妄想の世界を行き来していた。
いつか魔女の迎えがくると信じることで、自分をやっとのこと保っていたのかもしれない。

 

現実のわたしは、朝になるとお腹が痛くなり、学校に行けない、外を出歩くことにも怯える子どもだった。
そんな暮らしを何年かした。

 


音楽をはじめるのは、もっと後の話だけれど、魔女になりたかった時代は、わたしが歌をつくる衝動の底にあるものだとおもう。
大人になり、やっと、その時代を大事に思えるようになって、世のなかにはじめて送りだす音源を、『魔女図鑑』と名づけました。

 


魔法のスティックは、工場取り壊しのときに、ほったて小屋に置いてきた。

 

 

 

長い文章を読んでくれて、どうもありがとう。